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世界史地域史攻略法-南アメリカ史(アンデス文明)編-特別編⑦
2026年01月17日
Hola!前回(南アメリカ史(アンデス文明)編-特別編⑥)は首都ラパスからある目的地までの話をしました。答えはわかっているとは思いますが、正解発表です!正解は・・・

ポトシでしたぁ~!!!
ポトシっていう言葉だけでワクワクしますよね!?もうなんていうか「ポトシぃ~!!」って叫びたくなりますよね!?…ならない?Why~?!
改めて…
ポトシはアンデス山脈の中の盆地にあり、標高4000mを超えるところに位置しています。別名「人が住む都市としては世界で最も標高が高い都市の一つ」(Wikipediaより)。英語で言うと“one of the highest cities in the world”…最上級です。1545年、先住民ディエゴ・グアルパが銀鉱を偶然発見、その山はセロ・リコ(富の山)と呼ばれました。その翌年には噂を聞きつけたスペイン人が入植、労働力として強制的に集められた先住民が住んだことで、1575年の人口は当時のロンドンよりも多い11万人、その後も増え続け17世紀の最盛期には16万人となり、当時ではアメリカ大陸最大の町だと言われました。一説には人口が20万人を超えていたともあります。標高4000mのところに20万人…とんでもない数です。ちなみに現在は約13万人だそうです。
当時のセロ・リコ、世界史的にはポトシ銀山からは大量の銀が生産され、最盛期には世界中の銀の約60%がポトシ銀山から産出されたものだったと言われています。まさに「富の山」ですね。現在、銀は枯渇し錫鉱石などがメインになっています。
スペイン帝国が支配した時代の建築様式にインディオ文化が融合した「アンデス・バロック様式」である点、貯水池や造幣局など、当時の最先端技術を備えた鉱山都市の優れた例である点、そして世界の銀の半分を産出した歴史的な場所であり、16世紀の世界経済に大きな影響を与えた点が評価され、1987年ポトシ市街はセロ・リコを含めて世界遺産に登録されています。今回はポトシの様子について話していきます。
ポトシの市街地は、スペイン支配の影響でコロニアルスタイルの建物が多く立ち並んでいます。



やっぱり絵になりますよね!ポトシホントに好き!!
次は11月10日広場に面して建つカテドラルからの景色



屋根の感じもコロニアルですよね!最後の写真はカテドラルから撮った11月10日広場です。
次はポトシ貨幣博物館!

事情があって写真はこれだけです…。この博物館は1572年にセロ・リコから採掘された銀を貨幣にするために建設された元造幣局です。現在の建物はその後に建てられたものだそうです。貨幣や人力で銀貨を製造した様子から造幣機械、絵画等が展示されています。この顔は何だったのかは忘れました!
最後にポトシの夜景を!

カテドラル!

11月10日広場!


こんな雰囲気も好き!特に治安が悪い感じはありませんでした…そこは自己責任で!

唐突にダイキン!!!11月10日広場にいたらこの車がいました。写真を撮り忘れましたが、伊勢崎商業高等学校のマイクロバスも走っていました…ここは群馬県なのか??ボリビアにいると日本の中古車が結構走っています。日本の車の優秀さ!
最後に…

セロ・リコがライトアップされていました!次回はこの山について話をします!この旅最大の目的です!お楽しみに!!
Adiós!!
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